2013年01月11日
雪国や住めぬ愚仁に根は見えず
★ 。・。・゜♪゜・。・。★ 言葉あそび575交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★
style="color:#ff00ff">★ 言葉あそび交心v13z011003
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松になり松葉を落とす心地好し
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その土地に住まなければその土地の風土も人情も、その根っこは、ついに理解できないのでしょうね。芭蕉さんは<松のことは松に習え>と諭しました。西行さんを理解するためには西行さんの歩いた道を歩け、と教えているのでしょう。
鄙の筑後路に9割9分棲みついた凡愚老仁は、さて、筑後路の風土や人情についてどれほど理解したのでしょうか・・・
根っからの筑後土着人間でありながら、筑後路の風土に入り込まず、人情と疎遠であった凡愚老仁の半生というより、もう生涯は、本当に、空虚のまんまの生涯で、筑後路にその足跡も残さないで暮らしたことになるのでしょうね・・・
「習」は「羽」と「日えつ」でできています。「日えつ」は「口サイ」に神への祈り文である祝詞「一」が入っている形で、その「日えつ」を羽ですることで、その祈りの効果を刺激し高めるんです。その摺り摺りを繰り返すことを「習う」といいます。 。。。『字解』p309
念を込めて同じ行為を、羽で摺るように摺るように、丁寧に、繰り返すことを「学習」といいます。「学ぶ」は荻生そ來さんによると「真似ぶ」ことからはじまります。
松に習えは、松に学べですし、松の真似をせよ、ということになりますが、松の真似をするということがどうすればできるかわかるとHappyですね・・・一休さんの真似は、ある程度はできそうですけれどね・・・
松になり松葉を落とす心地好し 仁
風通しよし松の笑えり
19才で人生に脱落して、異邦人を生き、虚構の人生を生きようと自己破壊の小さな体験を遊ぶことにしました。大それた虚構は凡愚老仁にできるはずもありませんし、身に合った自己放棄を遊んだといえばいいのでしょうか。それは習性となって今も19才の青くさい虚構を遊んでいるにすぎません。独り善がりの言葉あそびは、どこかに棲んでいる異星人と巡り遇って、通じ合わないまんま、交心申し込みをしているようなものです。
色即是空を知って、自己破壊の虚構を必要としなくなりましたけれど、空即是色を知って、凡愚老仁自身が異星人を生きることもできるんだと念うようにもなりました。
九年まで坐禅するこそ地獄なれ虚空の土となれるこの身を 一休
隣人を生きることも異星人を生きることも凡愚老仁の面目坊なんだと念うようになれてきたんです。
古稀を過ぎてからの隣人回帰、故郷回帰では、隣人にも習えないし、故郷にも習えないでしょうけれど、真面目に、素直に、隣人を感じ、故郷の風土に根を下ろしてみたくもなっています。
枯れ田に藁と竹で組んだ大きな櫓が飾ってあります。5000歩歩き道にも三カ所あるんです。子ども会の行事でしょうね。筑後ではほんげんぎょうといっていますが、子どもが小さい時は作りに行ったものでしたけれど、そのいわれも習いも知らないまんまでした。
和歌山の那智の火祭り、大善寺の玉垂宮の鬼夜、長野の野沢の火祭りは日本三大火祭りに数えられていますが、近くの大善寺の鬼夜とも無縁に過ごしてきました。
故郷を出ずに暮らしてきて、故郷知らずの異邦人です。
言葉あそび的には祭りが好きなのですけれど、現実の祭りは世間虚仮の類で、神社仏閣や城郭に関心を持てなかったのと同じでした。三粗人間を生きてきましたので、メジャーな場所も物もいかがわしい物に感じていたのです。
古郷や佛の顔のかたつぶり 一茶
今、一茶さんの古郷に巡り遇いそうです。
そして、凡愚老仁の故郷を見直しはじめたいと思いつつあるんです。もうすぐ虚空の土になるこの身ですけれど、凡愚老仁の古郷をひとつでも見つけ出すことができたら、安堵して、行くことができそうな気がしています。
凡愚老仁が、目立たなくても、かたつむりのように、命の光りを生きていると実感できるかもしれません。
かたつむり古郷のものみなやさし 仁
夢呼さんに倣って、ちっご路に、かたつむりのように、いろいろのものにカミを見つけだせるように念じはじめます。
隣人と交わって風土と人情の根っこまで降りていけるなら、かたつむりさんともどじょうさんともお友だちになれて、命の共振、共鳴を交感できるようになれるのではないでしょうか・・・
畑せせれば鳥の寄り来る
朝はごて作りに狭庭の畑を耕すのが日課ですけれど、虫が出てくるのでしょうね、ジョウビタキさんが傍まで寄ってきて、ジョビ、ジョビ、と呼ぶと尻尾を振るんですよ。何にも餌がないと気の毒になるので蜜柑や米粒を更に入れて近くに置いておくんです。狎れてくるのでしょうね、傍でも、米粒を食べるようになりました。
ジョビ、ジョビと呼ぶ時の凡愚老仁の心は、もう、ジョビになりきっているのでしょうね。
羽で摺り摺り行為を繰り返すこと、習カサねることは、慣れ翫ぶことになるんですね。
翫ぶは「いじり回す」とか「慰みものにする」とかのマイナスイメージが強いですけれど、いじり回さなければよく習えないし、賞翫することもできませんね。しみじみ味わえるほどに習えるとHappyでしょうけれど・・・
触れもせで言葉遊ぶか冬の蝿 仁
触れれば拈華微笑ならんか
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雪国や住めぬ愚仁に根は見えず
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> 山眠る古里の人みな優し 夢呼
眠りの深さ絆の深さ 仁
雪国や住めぬ愚仁に根は見えず 仁
見えぬながらに根をひしひしと
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
★ 。・。・゜♪゜・。・。★ そのまんま575で交心 ★ 。・。・゜♪゜・。・。★
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